佐賀大学農学部北垣研究室の研究紹介

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日本の生活習慣病による死者は毎年60万人に迫り、我々は毎年これだけの数の同胞を志半ばに失っています。生活習慣病の発症の原因の3-5割は食事であると考えられますが、その研究は多くなく、どんな食事がどんな病気を防ぐかの知識は国民の間でまだ定着していない状態です。
特に、発酵食品に代表される伝統食品は少なくとも760年、長くて1500年以上、多くの世代を超えて安全な食品として日本で受け継がれてきたものですが、それらが生活習慣病予防にどのように寄与するかの研究は未成熟であり、今後充実させていかなくてはいけない研究だと考え研究を推進しています。
「発酵食品、発酵微生物、伝統食品を素材にしたよい研究成果を多くの人々に届け、よりよい社会を実現する」との共通の目的に向かって、佐賀大学医学部、東京大学大学院、九州大学大学院、米国サウスカロライナ医科大学、イタリア・バリ大学、西九州大学健康栄養学部、金沢医科大学、岩手大学農学部、国立予防衛生研究所、佐賀県工業技術センター、東洋新薬など国内外の多くの有力研究グループと共同研究を推進しています。

日本生物工学会 江田賞

日本農学進歩賞

科学技術分野の文部科学大臣表彰

先端技術大賞

1 麹(こうじ)・甘酒・濁り酒・焼酎粕・酒粕に含まれる麹セラミド(グルコシルセラミド)の構造決定とその機能性の解析
 麹は焼酎粕、酒粕、味噌、醤油、日本酒、甘酒、塩麹、お酢や黒酢などほとんどの日本の発酵食品の基盤です。我々は焼酎の製造過程で出る発酵残渣の焼酎かすから、肌の保湿効果のある麹セラミド(グルコシルセラミド)を初めて検出し、日本伝統の白麹菌が生産するというメカニズムも解明しました。さらにその分子構造も佐賀県工業技術センターの柘植圭介特別研究員との共同研究により決定しました。また酒粕や甘酒は伝統的に保湿剤や化粧品として活用されてきたり食べると肌の保湿性が向上することが経験的に言われてきましたが、その成分はこれまで不明でした。当研究室の研究により、酒粕や甘酒、濁り酒に高濃度で麹セラミドが含まれていることが初めて明らかになりました。これらの研究はYahooのトップニュース、NHK福岡に掲載されたり日本醸造協会技術賞を受賞したりアメリカ化学会誌、日本油化学会の専門誌に掲載されています。麹は日本の伝統発酵食品の基盤であることから、これらの機能性が明らかになることで和食全般の機能性の解明につながることが期待されます。
 

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東洋新薬で本研究成果を元に開発された化粧品素材

参考文献:日本醸造学会誌, in press (2017); 米国化学会誌J. Agric. Food Chem.,60(46):11473-82 (2012), 日本醸造学会誌、106, 12, 848-853 (2011) , J. Oleo Sci., 63, 1, 15-23 (2014)


2 麹セラミドのプレバイオティクス(腸内細菌改善)機能の発見

 味噌、醤油、日本酒、甘酒、塩麹、お酢、黒酢など日本の発酵食品の多くには麹が使われています。麹や麹で作るこれらの食品には多量の麹セラミドが含まれていることを我々は初めて明らかにしました。麹セラミドが胃腸で消化吸収されているかを調べたところ、小腸では分解されず大腸で分解されていることを明らかにしました。そこで麹セラミドが腸内細菌叢を変えているのではないかと考え調べたところ、麹セラミドをマウスに摂取させると腸内細菌叢が変わる、特に最近善玉菌として注目されているBlautia coccoidesが増加することがわかりました。この研究成果は、麹成分が腸内細菌を改善するという世界で初めての発見であり(Pubmed掲載国際学術誌に論文掲載)、麹成分は和食のほとんどに含まれていることから、和食全般の機能性のメカニズムとして波及しうる革新的な成果だと言えます。本研究は佐賀大学農学部生命機能科学科・永尾晃治教授、光武進准教授、九州大学大学院・中山二郎准教授、西九州大学・柳田晃良教授との共同研究です。



参考文献:SpringerPlus, 5, 1321 (2016), Fermentation, 2(1), 2 (2016)、日本醸造学会誌、accepted for publication (2017)

3 グルコシルセラミドを介した麹菌と酵母の共生

 日本の伝統的な発酵においては、1000年以上、麹菌と酵母の組み合わせが使われてきました。しかし、その相互作用、なぜ一緒に混ぜて使用するのかについては、これまで麹菌が生産する酵素が穀物のでんぷんやタンパク質を分解して酵母の供給するという点だけが明らかにされ、その他の化学的物質を介したやりとりはほとんど研究されてきませんでした。
我々は、麹菌がグルコシルセラミドを高濃度で生産し、これが酵母に移行して酵母にさまざまなストレス耐性(アルカリ耐性、エタノール耐性)を賦与することを明らかにしました。
この結果は、酵素以外で、麹菌と酵母がグルコシルセラミドのやりとりを介して「通信」していることを示すことであり、日本オリジナルな新たな微生物間の共生と呼べるものです。
これらの結果は、米国微生物学会誌Applied and Environmental Microbiologyに掲載されています。




参考文献:米国微生物学会誌Applied and Environmental Microbiology, 81(11):3688-98 (2015)

4 日本酒醸造におけるオートファジーの研究

オートファジーは細胞内小器官を自食する作用ですが、日本酒醸造で起きるかどうかはわかっていませんでした。
我々は世界で初めてミトコンドリアのオートファジーが日本酒醸造中の日本酒酵母で起きることを明らかにし、さらにそれが日本酒酵母の炭素代謝に影響を与えていることを明らかにしました。
これらの研究成果は日本農芸化学会トピックス賞を受賞すると同時に、米国微生物学会誌AEMにも論文が掲載されました。

Appl. Environ. Microbiol., 80 (3), 1002-1012 (2014)

5 スパークリング低アルコール清酒製造上の技術課題の解決(ミトコンドリアをターゲットとした清酒酵母の育種

日本酒は日本の伝統酒・国酒ですが、現在の高いアルコール濃度の日本酒が普及したのは江戸時代以降であり、それまでのもっと長い時間、日本人、我々の祖先は低アルコール清酒を楽しんできました。
健康が重視される現代、再び、スパークリング清酒に代表される低アルコール清酒が注目を集めていますが、その製造技術の研究は多くありません。
例えば、これらの低アルコール清酒は、ジアセチル臭が発生してしまうという技術課題が長年解決されずにいました。
この課題に、我々は、「ミトコンドリア醸造学」という世界で初めてのアイディアでアプローチしました。

ミトコンドリアは酸素呼吸のための細胞内小器官であるため、酸素呼吸の起こらない酒類醸造においては
酵母ミトコンドリアの存在はこれまで調べられてきませんでした。
しかし、我々は最先端の生命科学のテクノロジーを使うことで、酒類醸造における酵母ミトコンドリアの存在と構造を世界で初めて明らかにし、
さらに酒類醸造中の酵母ミトコンドリアのさまざまな解析を基盤に、ミトコンドリア輸送をターゲットとしたジアチル臭の発生しにくい酵母の開発に遺伝子組換技術を使わずに成功しました。

(より詳しく書くとジアセチルの前駆体であるαーアセト乳酸、ピルビン酸が低減する酵母)
ミトコンドリア輸送をターゲットにした醸造微生物の育種も、発酵能の低下を伴わずにピルビン酸の低減する酵母も、世界でも初めての育種例となりました。
この育種した酵母は遺伝子組換技術を使わずに低ピルビン酸を達成するという高い実用性を持っていたことから、佐賀県工業技術センターの澤田和敬研究員との共同研究により産業化を進め、清酒醸造企業での低アルコール日本酒及びスパークリング清酒の実製造に既に採用され既に市場で商品として市販され、市場の高い評価を得ています(ワイングラスでおいしい日本酒アワードJapanメイン部門受賞)。また公益財団法人日本醸造協会を通じて全国に頒布されるに至っています。



参考文献:Journal of Bioscience and Bioengineering , 105, 675-678 (2008), Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 74 (4), 843-847 (2010), 生物工学会誌、89, 5, 222-227 (2011), 日本醸造学会誌, 106, 5, 323-331 (2011); Annual Review of Food Science and Technology, 4, 215-235 (2013).

本研究で育種した酵母を使って製造した低アルコール清酒「天山酒造 岩の蔵13」とスパークリング清酒「Salu Sparkling」が店頭で市販されている様子



6 システム生物工学を使ったバイオエタノール製造時に生じる発酵阻害物解毒技術の開発
世界で今、再生可能エネルギーであるバイオエタノールを製造する技術が求められています。しかしでんぷんからバイオエタノールを作ると食糧資源と競合することから、食糧でないバイオマスからバイオエタノールを生産することが求められてきました。バイオマスを分解すると酵母の発酵を阻害する物質が生じることから、その解毒が課題となってきました。
佐賀大学農学部・林信行教授のグループと我々のグループは共同研究により、発酵阻害物質としてグリコールアルデヒドを世界で初めて発見しました。
さらに、システム生物工学の手法を用いて発酵阻害物質の解毒技術を世界で初めて開発しました。
これらの研究、そして新規なアプローチは世界でその先進性を認められており、再生可能エネルギーの世界的なニュースサイトであるRenewable Energy Global Innovations(カナダ)においてKey Scientific Articleに選ばれたり、国際微生物学連盟主催の権威ある国際学会International Congress on Yeasts 2012でOutstanding Scientific Presentationを受賞したり、生物工学分野の権威あるドイツ科学誌Applied Microbiology and Biotechnologyに論文が掲載されています。



参考文献:Applied Microbiology and Biotechnology, in press (2014), Applied Microbiology and Biotechnology, 94(1):273-83 (2012); Applied Microbiology and Biotechnology, 97(14):6589-600 (2013); Biotechnology Letters, 33(2):285-92 (2011)


7 アルコール発酵における酵母ミトコンドリアの役割に関する長年の論争の決着とその新しい役割の提唱
 アルコール発酵において酵母ミトコンドリアが役割を持っているかは世界でも日本の醸造関係の学会でも大きな論争になってきました。
 例えばフランスのボルドー大学や国立研究所を中心としたグループは、アルコール発酵において酵母ミトコンドリアが役割を持っていないことを主張してきました(Plos one, 8,9, e75121, 2013) 。
 また清酒酵母の研究でもリンゴ酸の高生産性がどのようにして制御されているかは議論の的になっていました(醸協、88, 645-647, 1993, J. Biosci. Bioeng., 92, 429-433 (2001), J. Biosci. Bineng., 87, 333-339 (1999))。
  我々は、酵母ミトコンドリアが清酒醸造中にも存在していることを明らかにしただけでなく、ミトコンドリアの分解や活性が炭素代謝を制御していることを明らかにしました(米国微生物学会誌Appl. Environ. Microbiol., 80 (3), 1002-1012 (2014))。
 また酵母ミトコンドリア電位差ポテンシャルがリンゴ酸の生成を制御しているいう我々の研究成果は永年の「リンゴ酸の生成はどのように制御されているか?」という国内外の論争に決着をつけるものとなりました(福岡県工業技術センターの大場孝宏研究員との共同研究、イギリス醸造学会誌Journal of the Institute of Brewing, 118, 1, 22-26 (2012)、欧州微生物学会誌 FEMS Yeast Research, 14(2):249-260 (2014) doi: 10.1111/1567-1364.12120)。



参考文献:Journal of Institute of Brewing, 118; 22-26 (2012).; FEMS Yeast Research, 14(2):249-260 (2014) doi: 10.1111/1567-1364.12120 (2013),